個人的に今年1番楽しみにしていた新譜はアナログフィッシュだ。
ライブでは昨年から既に何曲か披露されていたので、その中で方向性だったりは見えているところはあったわけだが、だからこそアルバムとしてどうなるのかが興味深いわけである。
表現のベクトル自体は、彼らが改めて注目されるようになったかの3部作以降の社会派バンドというイメージは前々作の時点で大分薄れて、純粋なポップミュージックというのが個人的な印象であった。
そうはいっても、それはあくまで表現の直接性みたいな話なので、実は常に社会という文脈の中にある表現という点では変わらないのだけど、政治的、社会的な表現は苦手だという人が聴いてもいい曲だなと思える表現になっている、という話である。
まぁ、個人的な価値観として、ベタベタしい、熱い恋愛模様なんてものにはなかなか共感できないし、それよりはまだ自己肯定感と自己否定に苛まれていたり、一歩距離を置いたところから見守るような愛情の表現の方が好きだって話なんだけどね。
ともあれ、12月に入りようやくリリースとなった新作『SNS』は、端的に言って彼らの最高傑作である。
前作もその前もその前もずっと良いんだけど、このアルバムは頭から最後まで全ての曲が尽く素晴らしく、しかも健太郎さんと下岡さんのそれぞれの楽曲の特徴が絶妙にバランスされていて、曲順も完璧。
ライブでプレ段階のものを聴いていたのでそのことによるある種の愛着を勝手にどの持っていたことも少なからず聴き方に影響しているとは思うけど、だからこそ最終的にこうなったのは何でなんだろう、なんて考えながら聴くのもファンとしての楽しみだろう。
でも、とにかく今回のアルバムはファンではない人にも本当に聴いてみてほしいと思う。
既に1日3回以上ずつはリピートしているが、アルバム単位でこれだけ聴いているのは久しぶりである。
アルバムの1曲目は郵政のCD曲にもなった曲だが、フルレングスで聴くのはアルバムがお初ではないだろうか。
明け方の未明あたりの時間だろうか、サビの歌詞の「君が笑うのが大切になってた」というラインが実に優しい。
この曲は下岡さん作なのだけど、“No Rain, No Rainbow“以降あたりから同じ2人の変遷を描いているような印象がある。
前作だと"Sophiscated Love"とかね。
下岡さんの詞に登場する女性のイメージは大人で落ち着きのある、まさに聡明という言葉がぴったりの人物イメージなんだけど、こういう女性は憧れるなといつも感じる。
静かに始まって、徐々に盛り上がりながらフワーっと歌詞の通り風が吹くような感覚もあり、曲と歌詞の同期が凄まじい。
続く2曲目は健太郎さんの"USO"、ガラリと雰囲気が変わってファンキーなギターで始まるのだけど、好きな相手に振り回される様が描かれていると思うのだけど、相手のほんのちょっとしたリアクションで最低にも最高にもなってしまう様だが、こういう曲ってあんまりなかった気がするな。
「何気ない言葉で、この夜は台無しに変わってしまう」というラインが、最後には「君のありふれた言葉で、この夜は宝石に変わってしまう」と変わって、結果ただの杞憂だったのだろうかなんて思うわけだ。
タイトルからはなんだか大人の駆け引きみたいなイメージがあるが、それも含みつつそれこそ嘘みたいにささやかな仕草や何気ない言葉に振り回される自分の様を描いているのも、恋模様というものか。
続く"Is It Too Late?"はシングルでもリリースされている曲だが、こちらはEarth Wind & Fireの"September"的な雰囲気の曲のように感じる。
これまで彼らのスタイルとして、自分で作った曲は自分で歌うというものだったが、この曲は作詞は下岡さんで、作曲と歌は健太郎さんである。
面白いなと思うのは、歌詞の主人公がどういう目線だったりどういう価値観だったりを持っているのかなとか上映描写を考えながら聴いていると、なるほどこれは下岡さんっぽいなと感じるし、でも曲は健太郎さんっぽいので、絶妙な感じになっている。
曲は疾走感がありながら切なさと前向きさもあり、またどこか懐かしさもあるあたりが逆に新鮮に感じる。
「不思議な力に守られて思い出だけがいつでも綺麗なんて今さら思うとは」というラインの表現にもらしさが出ていていいですね。
続いても健太郎さん作曲で、このアルバムの大きな方向性を感じさせた最初の曲"Saturday Night Sky"。
ファンキーでダンサブル、めちゃくちゃアップテンポでとにかくかっこいい。
ドラムも電子パッドも駆使して、ベースも人力ながらミニマルでかなり重低音を意識した印象。
歌はファルセット全開なので、こちらも80年代的ディスコな曲だ。
PVをみてもそれは伝わるだろう。
目の前の現実を見ると気が滅入るようなことが多いけど、とりあえず今は楽しく踊ろうぜ、みたいなノリがあって、アルバム中で随一に直感的に誰でも楽しめる曲ではないだろうか。
この曲では、補作詞としてRyo Hamamotoさんもクレジットされている。
もうここ数年ずっとライブは一緒にやっているので、実質準メンバーという立ち位置といって差し支えないと思うけど、このアルバムではアレンジでもかなり関わっていたようだし、こうして正式にクレジットされているのもなんだかいいですよね。
ちなみに、アルバムタイトルは『SNS』だが、この曲のタイトルの頭文字をとると同じくSNSだ。
やっぱりこの曲は一つのキーポイントだったのろうか。
さらに健太郎さんの曲が続くのだけど、こちらは聴いていて随一の幸せな気分になれる曲"Moonlight"。
この曲が最たるものだと思うけど、このアルバムでの健太郎さんの曲はどれもとてもポジティブなフィーリングがあって、力強い印象がある。
Twitterであるファンが分析していてなるほど確かにと思ったのが、件の3部作においては下岡さんの曲が多く占めており、健太郎さん曲の割合が低かったんだけど、そのことでちょっと卑屈というか、そんな気分になっていたのではないかというところだった。
実際私も初めにこのバンドを好きになったきっかけは下岡さんの曲だったし、彼の描くかしの鋭さや表現に痺れた口なので、こんな言葉が書ける人がすぐ近くにいたら、そりゃ勝てねぇなと思ってしまうだろうな。
でも、聴いている側あらすれば、熱量だったり人間臭さみたいなものは健太郎さんの曲ならではだと思っていて、このバンドが最高なのはそういう違うベクトルの魅力を持ったソングライターが2人いて、しかもヴォーカルスタイルも違うことでアルバムだったりライブにおける流れでも起伏を生んでいると思っている。
ここ数作を経て健太郎さんのヴォーカルがますます伸びやかにソウルフルになってきているし、それを反映するように楽曲もとてもオープンになっているようにも感じる。
ものすごく穿った見方かもしれないけど、健太郎さんの書く曲に登場するの相手を下岡さんとその才能に対してだと見てみると、それはそれで存外しっくりくるようにも思う。
その視点も併せて聴くと、この曲は圧倒的にキラキラしている感じが、いい意味で開き直れているのかもしれないなとか思ったり。
そうしたファン目線のあれこれは置いておいても、この曲はしのごの言わずに聴いていて楽しくなるので、本当にいい曲だと思う。
アルバムでは中盤に位置付けられているけど、もしベストアルバムをリリースするならこの曲がラストでもいいのではないかと思える。
続く6曲目は下岡さんの日常系ソング"Yakisoba"である。
この曲も割と早い段階でライブでも演奏されていたので、すでにファンにはお馴染みだったけど、下岡さんのこの手の曲は本当にびっくりするくらい何気ないくせに、聴いているうちに自分の日常が重なってくるので、感情移入させられて仕方ない。
「何にもいいことなかった、いい日だった、いい天気だった」というサビのラインが印象的なんだけど、前作の"Copy & Paste"とベクトルは同じ感じだ。
コロナ禍真っ最中で、先行きがまだ見えなかった頃に作られた曲なので、しょうもない日常と、どうでもいいやんけ!と思わず突っ込みたくなるようなささやかな逡巡が、なんだかやたら愛おしく感じられる。
夜家に帰って、もさもさと晩飯を食べながら聴いていると、何気なく耳に入ってくる言葉に気がついたら元気付けられているような、そんな歌であるように思う。
続く7曲目も下岡さん作の"さわらないでいい"という曲だけど、この曲はアルバム中で一番静かで、とてもシリアスな曲だけどとにかく優しい。
「君は触らなくていい、その棘には毒があるから」「今は喋らなくていい、この沈黙は嫌じゃないから」というラインが繰り返されるかしなんだけど、抽象的な言葉の背景に色々と考えさせられる曲である。
この数年ではとにかくSNSがネガティブな話題でも中心にいたし、こういったところでの書き込みなどに自殺に追い込まれる人もいたりして、そうした状況を見てのところもあるように思う。
悪意に溢れた言葉につい反応してしまうのだけど、それには触らないで、という静かな語り掛けで、本人からしてみればそれでも気になってしまうのかもしれないし、適切に書ける言葉はなかなかないのかもしれないけど、そんなことしか言えないですからね。
そして8曲目も下岡さん作の"うつくしいほし"、できたばかりくらいの頃にライブで演奏されたのだけど、当初はJoy Divisionの"Disorder"のようなアグレッシブなギターリフが印象的だった。
ちなみにこちらがその曲。
当時下岡さんがよく聴いていたらしいのだけど、下岡さんはポストパンク・ニューウェイブ的なあたりをよく聴いていて、健太郎さんはファンクやディスコ系の曲をよく聴いていたのかなと思ったり。
しかし、このアルバムではアレンジもだいぶ変わり、"こうずはかわらない"を想起させる感じで、とてもそこ明るいアレンジになったのが面白いところだ。
また彼女のセリフのところでは女性ボーカルが被さるアレンジもいい。
この彼女がまた絶妙に心理を読んで嫌な気持ちをサラリと流してくれるのがいい。
バースのところでは日常の中のめちゃくちゃごく一部分切り取りつつ、錆では視点がぐっと俯瞰というか、それこそgoogleアースの地球儀の絵になるみたいな展開だ。
「遠くから見れば美しいほし、遠くから見れば美しいまち」という言葉は一見すると皮肉っぽくも聴こえるけど、曲調も伴って本当はそんなにひどいもんじゃないんだよということを言っているように私には感じられる。
アレンジ的にもそのままJoy Divisionでないのは大正解だと思う。
偉そうにすいません。
ラストは健太郎さん作の"Can I Talk To You"、アルバムの中で完全初お披露目な曲ではないだろうか。
この曲はむしろ60年代か70年代っぽいなと思ったけど、ここまでの曲に比べるとしっとりして、歌詞もネガティブかと思えてしまうが、そうではなくて、分かりあうための対話って大事だよね、ということかなと思っている。
「どれだけの言葉を交わしたかが、どれだけ深く分かり合えたか、とは言えないけど」と歌われるあたりに彼のスタンスも見えるように思う。
前作でも"Dig Me"という曲で「正しくなりたいだけなら、少し黙っていてほしい」という歌詞があるけど、その辺りと通底する思いは同じなのかなと。
この曲だけラストがフェードアウトなのは余韻を残すためだろうか。
ジャーンみたいな感じで締めた方が、アルバムとしては明るさで終わりそうにも感じるが、このしっとりした曲で知ったりしたまま静かに消えていく感じがまたループを誘うように思う。
と、長々と書いてしまったのだけど、全曲言葉がスッと入ってくるし、聴いていると楽しかったり癒されたり慰められたり、実に聞き応えがある。
でも時間にして38分とかなのであっという間すぎてまたリピートしてしまうのだ。
冒頭にも書いたけど、このアルバムは従来のファンだけじゃなくて、初めて彼らを聴く人にこそ聴いてみてほしい。
先日あるラジオに健太郎さんが出演した際に、「僕らはインディーズで、音楽だけでは実質食べていけていない」といった発言をしていてなんだかハッとしてしまったんだけど、先日のライブも数十人程度の箱だったし、健太郎さんはパン屋でバイトしながらの音楽生活だ。
こんなにいい音楽作ってるのに、なんて思ってしまったんだけど、他方であんなに楽しそうにライブやってるのが幸福にも見える。
あまり知らない人にいうなら、彼らはアジカンともほぼ同期で、昨年はクアトロで対バンもしているのだけど、アジカンのゴッチもことあるごとに彼らの名前を上げている。
有名とかどうとかではなくて、純粋にいい音楽をやってるなと感じる数少ないバンドである。
こうやって色々書いちゃうと、めんどくさいファンのいるバンドとか思われてしまったら申し訳ないのだけど、その音楽を聴いてこんなに語りたくなるバンドって、すごくないですかね。
この歌詞すごくない?この曲めちゃ楽しくない?これまじ泣けてこない?みたいなね。
さまざまなところで結構大きくフックアップされているようなので、改めて彼らが世に知れ渡ることを願ってやまない。