音楽放談 pt.2

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勝手に文脈を考えてしまう ーAnalogfishのビルボード(第2部)

少し遅ればせながら昨日のAnalogfishのビルボードライブについて。

 

ここ数年タイミングはまちまちにしろ、会場として一つの定番となってきているビルボードライブだが、今年はGW明けの週末の金曜日であった。

 

前回は夏の恒例ライブ、ナツフィッシュとして開催されたものの、メンバーがコロナになってしまったので延期となり、秋口の開催であった。

 

当時私も同時期にコロナに罹ったので延期自体は個人的にはよかったという思いもあったが、他方でコロナの後遺症と当時のストレスが重なって人生で初めてメンタル方面で調子を崩していた時だった。

 

それが彼らのライブにより、全快とはいかないまでもかなり回復して、まさに音楽に救われた経験をしてしまったためにさらに私の中で特別性を高めたのであった。

 

そんなわけで今回は2回目になるのだけど、全快同様ビルボード仕様の2部構成、1部はオリジナル3人による過去曲中心のセトリ、2部は浜本さんも入れた今の体制によるライブになるのだけど、さすがに仕事の都合があり1部は行けなかったので2部のみ参加。

 

実は直前までどっちも行けないかと考えていたのだけど、仕事上どうしても今週中にやっておかないといけないことがあったので、やむを得ずでした。

 

 

で、ライブについては正直いつものように最高でいうことはなしなのよね。

 

ビルボードは座ってみるスタイルで、ステージにも近いのでいつもよりもなんだかじっくり聞き入りやすい環境ではあるのだけど、やっぱりいつも以上に歌が染み込んでくるんだよね。

 

そんな中今回気になったのはセトリ。

 

新譜のリリースも控えているので新曲はもちろんやるんだけど、特に過去曲の選択だ。

 

私はここ数年は結構な頻度で彼らのライブには足を運んでいる方だと思うけど、まだ聞いたことのない曲は結構あって、今日はその中で初めて聴けた曲があった。

 

それが『Life Goes On』に収録された”ハッピーエンド”という曲である。


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健太郎さん作の曲なんだけど、たまに登場するタイプだが彼の中では珍しい家族についての曲である。

 

歌詞の内容としては、すっかり成人した娘を見ながらこれまでの人生を振り返りつつ、その存在が自分を今日まで、今日も、ずっと生きる原動力だったんだ、みたいな感じで、実に感動的な内容である。

 

自分に実際に娘がいて、成人式のためのおめかしとかしている姿をみながら聞いたら多分泣いちゃう感じなんだけど、この曲は少なくとも私が観たライブでは初めましてだ。

 

イントロでピンとこなくて、一瞬新曲かと思ったくらいで、まさかやると思っていなかった。

 

流石に音源よりも歌のキーは少し下げていたものの、やっぱりいい曲だし、歌だけでなく演奏もすごく力強くポジティブに溢れていてよかったのよね。

 

 

この曲だけなら普通に聴けていなかった好きな曲が聴けたぜ!と喜ぶだけなんだけど、他にも2つあったのよ。

 

まず1つは新曲だけど、今月8日に配信リリースされた”Lady, Lady"という曲なのだけど、この曲は内容としてはやはり娘の成長を感慨深く見守るような内容で、新社会人としてパリッとしたワイシャツに真新しいジャケットを纏って家を出ていく風景を見守るような内容なんですよね。

 

この曲は、実は今回のリリース形態とほぼ同じ形ですでに7年以上前にあった曲である。

 

健太郎さんはソロでもライブをやるのだけど、その際に宅録した曲を焼いたCDRを販売していて、その集大成がソロアルバムとしてリリースされているのだけど、この曲の入ったCDRは4曲入っており、いずれもまだ正式にはリリースされていない。

 

私はそれを買って、今でもおりに触れて聴いており、その4曲全部いい曲だったのでこうして日の目を見るのは嬉しい限りなのだけど、このタイミングでこの曲が選ばれた理由ってなんだったのかなと思うのだ。

 

ちなみに健太郎さんのソロ作について記事を書いた際にも触れたのだけど、そもそも健太郎さんが結婚しているかどうかとか、子供がいるかどうかは公式には発表されていないと思う。

 

しかし、時折出てくる家族の曲はどれも実感を伴っていると感じるし、そもそも健太郎さんも現実の出来事や経験から世界を膨らませるタイプなのかと思っていて、近年の曲はそこから一歩距離を取った創作もあると思うけど、少なくともこの曲の書かれた当時はそういう感じだったんじゃないかと勝手に思っている。

 

ありがたいことに、当時この記事を引用リツイートもしてくれて、恥ずかしながらそのソロライブイベントの時に話しかけてしまったのだが、その際に「ちゃんと伝わってるんだと思って」というコメントをしてくれたんですよね。

 

 

そしてもう一つはアンコールで演奏された”僕ったら”だ。

 

この曲もライブではそんなに演奏されないんだけど、私も大好きな健太郎さん作の曲だ。

 

「おそらく末長く君に触れるこの手、大切にしましょう。おそらく君が愛すこの顔で鮮やかに笑おう」という印象的なラインで始まるのだけど、基本的な喪失の歌だと思っている。

 

何かあったのか、愛しのあの人は思い出だけを残していなくなってしまったんだと思っているのだけど、なぜこの曲を選んだのか。

 

しかも、どうやら第1部のアンコール用として用意していたらしいが、時間が推してできなかったらしい(第1部のみ参加の人、悔しいだろうな・・・)。

 

それを下岡さんがわざわざ言って、「今日どうしてもやりたかった曲なんで」と言って最後に演奏されたのですね。

 

てっきり下岡さん曲かと思ったのだけど、ここで健太郎さん曲だし、しかもこの曲だし、当の健太郎さんはこれについては何もコメントしなかった。

 

まあ、”Lover”みたく、最近健太郎さんの過去曲をラストに持ってくることは最近多くなっているし、下岡さんが現実的な視点を歌う中で健太郎さんのロマンチスト的な視点をすごく推しているのもあると思うけど、それにしても色々珍しい現象だなと気になってしまったのですよね。

 

 

別にメンバーのプライベートはそれぞれに過ごしてもらえたらそれでいいし、別に暴きたいと思っているわけでもない。

 

だけど、今回のセトリだったりMCのコメントだったり、このビルボードというシチュエーションだからあえてやったことがたくさんあったんだろうなと思っているんだけど、それってなんだったんだろうかというのが勝手に気になっている。

 

実は健太郎さんには嫁も子供もいて、ただ色々の事情がある中で何かあったのかな、とか邪推してしまったのですね。

 

下世話だけど。

 

ちなみに最前列付近にいた一団も、普段のライブではあまり観ない感じの雰囲気の人たちで、すごく熱心に聴き入っていたのは他と同じだけど、この辺りの曲の時にボロボロ泣いている子もいて、なんか余計に気になったのよね。

 

 

まあ、そもそも現実が過酷になってくるほどに彼らの曲ってめちゃくちゃ刺さりやすくなるのは確かなので、ただの邪推以上でもないし、なんなら結婚もしてないし子供もいない私も、勝手に想像しながら泣きそうになっていたから、勝手に枠組みを設けて解釈しすぎただけかもだが。

 

いずれにせよ、結局本当にいい曲書くし、過去の曲も今の曲もずっといいし、ライブも最高だし、いいバンドなんですよね。

 

そんなことを改めて感じたライブでしたね。


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