音楽放談 pt.2

ただの音楽鑑賞日記です

小休止231「安心という不安」

今年で41となった。

 

自分が子供の頃に思っていた40過ぎとは大分イメージが違う自分の現在地だ。

 

ただ、自分がそんな子供だった頃の父親と同じくらいの年齢なのかと思うと流石にあれこれ思わないではない。

 

昨年と比べてどうだろうかと考えると、特に何も変わっていない。

 

ただ肌は日焼けによりシミも目立つようになり、うっすらと体力は衰えた。

 

尤も昨年の今頃はやたらと体調不良に見舞われていたのに対して今はめっちゃ元気。

 

年齢ごとの体質に合うように生活も最適化されているのだろう。

 

いずれにせよ、私は独身で彼女もいないし、なんならもうこのまま死んでいくんだろうと思っているので残りの人生の過ごし方を考える日々だ。

 

 

今に始まったことではないが、私には生来の気質というか、昔からある傾向がある。

 

何かといえば、安定とか安心できる環境にいると逆に不安になるのだ。

 

例えば人間関係が最たるもので、安定した環境にいると無性に不安になる。

 

自分のことを信頼してくれて、相手のことも信頼できる環境に、ありがたいことにしばしば出会うことができた。

 

だけど、そうなるとなぜか不安になってしまう。

 

その不安の正体を20代の頃はしきりに考えていたが、当時はそうした人間関係ってあんまりなくて、30過ぎてようやく獲得したんだけど、そうすると環境を変えたくなってしまう。

 

なぜなのか自分でもわからないが、安定するということは変化しないということで、大体においてその時々の状況にそもそも満足していないことの方が多かったのはあるだろう。

 

幸い周りのやつらはいい奴ばかりで、本当に人間関係には恵まれてきた。

 

だからこそ、彼らに甘える環境にいることは結局自分というものの存在価値を誤魔化しているだけで、何かの拍子に彼らがいなくなったら私には価値は残らないのではないか、とどこかで思うのだ。

 

そこで新しい、誰も私のことを知らない環境に身を投じて、そこで実力をつけながらまたそうだと思える環境を作っていくことにある種のカタルシスみたいなものを感じていたんだろう。

 

 

しかし、流石にこの年齢になればそんな自分との距離の取り方もわかってくる。

 

詰まるところその時々に目の前に現れる課題や問題を解くのが面白いだけで、そもそも人のことにはあまり興味がない。

 

全くないわけではないが、どこか人を類型的にみてしまうところがある。

 

その中でありがたいことに私に興味を持ってくれる人は異性同性いずれもいたが、そうして自分のことを探索されると思わず後退りしてしまう。

 

自分の中身のなさがバレるのが怖いからだ。

 

大体人間の中身ってなんだ?というのは結局今に至ってもわからないが、少なくとも相手に提示して面白い経験もないし、趣味はあれこれあるが自己満足以外の側面はないのでアピールすべきもない。

 

そんなことにとらえわれてもう20年以上、結局人は変わらないのだ。

 

少なくとも私は変われなかった。

 

 

それでも、少なからず私のことを好意的にみてくれる人は今も周りにはいるから、それに救われているところが多分にある。

 

これからの人生はいかに死んでいくかというテーマになっていく。

 

子供もいないからね。

 

家族を作ることの大事さを改めて思うが、とはいえ大して絶望もしていない。

 

来年も同じようなことを思うのだろう。

 

特に変わらない日常を過ごしているだろう。

 

美味しいと思えるものを食べてながら好きなビールを飲んで、少しだけいつもと違うことをしてみる。

 

それがあと何年続くかわからないが、全く同じことが繰り返されるとこは耐えられないので、少しだけでも変化をつけていくだろう。

 

 

かのニーチェは、幸福な人生について「同じ人生が無限に繰り返されるとした時どう思うか」といった問いを立てたそうだが、私はもう一度この人生を繰り返すなら生きている意味はないと思うので、本質的には幸せではないのだろう。

 

あるいは、不変というものに私は価値を感じていないだけかもしれないが。

 

いうてそこまで悲観的なわけではなく、最近は自転車に乗って漠然と走り回っているのが楽しくて仕方ない。

 

何が楽しいのかまだ言語化できていないが、一つは走るたび次々に変わる景色と危険も含めた刺激の繰り返しが気持ちいいのだろう。

 

なので、同じ目的地に向かうとしても違うルートを取らないと飽きてしまう。

 

同じルートでも、違う服装ならまだ楽しい。

 

飯を食う場所が違うだけでもいい。

 

天気が少しだけ違うだけでもいい。

 

そんな僅かでも変化が世界には溢れている。

 

それが楽しいのだろう。

 

でも、この気持ちをわかってくれる人には今のところ会ったことがない。

 

まあ、そもそもそれを伝えようとも思わないが。

 

これは私が楽しいだけの話だからね。

 

 

さて、明日からもまた頑張ろう。