音楽放談 pt.2

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鳴り響く音楽 -時代は変わる

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4月になって会社の社内的な状況や、周辺的な状況が結構変わりつつある。

私の立ち位置が変わったわけではないけど、部署内で仲よかった人が辞めたり昇進したり、一緒に案件やっているやつの感じがいい意味で少し変わったり、看板案件だったものが一気に崩れたり、そんな色々の動きがある4月だった。

私自身の極個人的なことで言えば大した変化はないけど、周りが変わる中で多分見え方も変わってくるであろうという状態。

まだ方針が決まらないのでなんだけど、多分今期は結構な激動だし、旧態依然対変革派というような構造が明確になり、この1年によって来年の今頃の状況もかわるだろう。

不思議なもので、私が気持ち的にくじけそうなタイミングで会社的な状況が変わる。

前職でもそうで、当時は上司が変わったのだけど、今回も同じだ。

上司のついでに状況も変わった。

それも私のやりやすい方向に。

まだ具体的な方向は見えていないにしても、この人とならもっとうまく状況を動かせるかもしれないし、彼をフックアップしていきたいという思いもあるので、ちょっと気持ちが変わったよね。

それに一緒にやっていた奴らも少し変わってきているということもあって、ちょうどその過渡期を迎えている。

この3ヶ月が一つのポイントだ。


さて、そんな私の人生のサウンドトラックってなんだろうということを考えるんだけど、今の私には大きく2曲ある。

一つは人間関係とかそういう意味での価値観を見事に共感させるアナログフィッシュの"City Of Symphony"。

この曲で歌われる人間観とか関係性とかっていうのが本当に私の価値観にはまっている。

この曲は少なくとも向こう数年は私にとってクリティカルだ。

今ひとつはバトルサイド、社会で戦う私のサウンドトラックがTha Blue Herbの"時代は変わる"である。

20代後半に初めて聞いて以来、私のバトルトラックだ。

仕事の上での価値観の一つとしていつも頭に鳴り響く。

もうとんがるのやめよう、なんて思ってもやっぱり根っこは変わらない。

私は自尊心が低い分、自己顕示欲が強い。

目に見えて出すことはしないけど、認めさせてやるという気持ちがずっと強い。

どんなに人に褒められても満足感がえらえない因果なタチだけど、だからこそ誰がどう見てもスゲェだろうと言えるようなことをやってやりたいという気持ちである。

今まで実際そうなってきたし、今も少しずつそれができ始めている。

俺と一緒に仕事してみろって、半端なやつは嫌気がさすだろうけど、そうじゃないやつはみんな変わっていくぞ。

事実、客先に行きたくないなんていっていたやつが自分から「今度僕も行きたいです」なんて言い出すし、指示待ちばかりのやつが主張し始めるんだ。

それが正しいか正しくないかなんて全然問題じゃない。

そうして動き方が変わった瞬間に、全てのスタートがあるんだ。

これから先彼らにとっては単に楽しい楽しくないなんていう感情的な好みだけじゃなくて、もっと根本のところでやりがいを感じ始めるはずだ。

私は彼らを頼る。

同時に自分の中にあるあらん限りの知識を使ってできる限りの時間を使ってそれまでになかったものを生み出す。

他の人の業務でもやって見せるしね。

幸い一定以上のレベル感のものを出せるから、黙らせるには十分だ。

その時に流れるのは「お前の力はお前自身で確かめろ、お前のための時代ならお前が変えろ」というラインだ。

それと、たまに私の頭の中にふわっと浮かぶのが、物差しみたいなものとそれでなにかを測るようにあくせくしている抽象的な絵面だ。

「追うものは追われるものに勝る」というラインとともに、自分が今追っているのか追われているのかとうことをそういうイメージで位置付けているのだろう。


人生はずっと戦いだ。

少なくとも今の、今までの私はずっとそうだったし、多分これからもそうだろう。

年下のやつの方が多い今の会社で、私のできること、やるべきこと、やりたいことを考える回数は増えた。

なんかを刻みたいし、何かを残したい。

数字的なことももちろん、感情的なこと、思い出的なこと、ただ漠然といるよりは、誰かの人生に影響を与えてその人生だ。

私は私自身に価値を覚えることが難しいので、誰かの尺度を介してそれを得ようとしている。

自分の存在価値や存在意義を見いだすのは、他人にとっても存在感があることにしくはない。

今の会社でもそれが少しずつできるようになってきているのは嬉しいことだ。


いつだって雑音を黙らせるのは行動だけだ。

最近ちょっと気持ちも上向いてきて、いい意味で開き直ってきたので、せめてもっと深い爪痕を残してやるよ。