音楽放談 pt.2

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見えない苦悩に気づくには -アナログフィッシュ

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音楽を聴いているとたまに不思議な感覚に見舞われる時がある。

大体の場合、好きだなと感じる音楽って例えば詩が好きだとかとにかく曲がかっこいいとか、割と好きのポイントが明確である場合が多い。

しかし、たまになんだかつかみどころがないんだけど妙に染み付いて仕方なくて、その感覚をうまく言葉にできないということがある。

私でいえば、Joy DivisionとかNine Inch Nailsあたりはそんな音楽の一つでもある。

もちろん好きな理由はいろいろ語れるけど、つまるところ自分の中に何かにハマるからとしかいえないのである。

それは必ずしもアーティストによらずに1枚のアルバム、あるいは1曲についてのみということもあるんだけどね。


最近ふとそんな想いに駆られたのが、先月リリースされたアナログフィッシュの新作『Still Life』だった。

彼らの楽曲については、歌詞は割とわかりやすいと思っていたんだけど、このアルバムの曲は正直抽象的なものが多い印象なのである。

抽象的と言っても、情景描写はかなり具体的な言葉もあるんだけど、結局何なんなのかがよくわからないのである。

それでも、なぜかしらしっくりくる感覚があるのである。

また曲調についても、昨今のロックンロールなライブ構成と異なってR&Bとかヒップホップ的な、ちょっとアブストラクトな曲調やブラックミュージック的な感触が強いものになっている。

音数は少なめで、静かだし、隙間が満載となっていて、9曲収録、時間にして34分とかなのであっさりいた聴き心地なんだけど、その時間体験がすごく不思議なのである。


私は先月の単独ライブの先行販売で購入してずっと聞いているんだけど、なかなかこのアルバムについて言語化することができなかった。

前作については明確にキラーチューンがあったり、バンドとしてのポジティブさが全面に出ていて、非常にわかりやすいポップアルバムだった。

それより以前のアルバムは歌詞の主張も強く、メッセージ性が明確だったのでその意味でわかりやすかったんだけど、このアルバムはその焦点がなかなか定まらなかった。

だけど、とりあえず聴きたい気持ちになるのだ。

特に1曲目”Copy & Paste”の出だしが「今日も大変だった」であるので、夕方、夜寝る前などに聴きたくなってしまう。

「今日も誰にもなれなかった」というどこか悲観的な響きのある言葉ながら、その頭には「おめでとう」とついている。

仕事帰りの電車の中で聞くとその情景そのままなので、特にシチュエーション的にハマるけど、この曲の歌われているのはひょっとしたら本当の自分、みたいなものだろうか。

彼らのモチーフには常に都会というものがつきまとっていると思うけど、その都会で仕事をしている人は何かしらの野心を持っている場合が多い。

田舎者ほどその傾向は強いんだけど、そこでは素の自分でいることは難しい。

だからこそそこで戦う誰かになろうとするんだけど、そうもならず結局自分は自分としてしか戦えないということに気づく人もいるだろう。

そんなことを歌っているのかな、なんて思うのである。

おめでとう、という一言には、誰にもなれなかったというのはつまるところあなたはあなたなのだから、という自己肯定があるのかな、と思うわけである。

そもそもこの曲は楽器演奏はなく、コーラスのみで構成されていて、指パッチンでリズムを取っていて、いかにもゴスペルのようでもある。

ゴスペルってキリスト教的には祝祭の音楽だったと思うけど、そうしたチョイスも考えると、そういうことなのかななんて思うよね。


そうして始まるアルバムは、全編通して優しい音楽だ。

先行シングルになった”With You (Get It On)”も非常に艶っぽいトラックに下岡さんのラップ調のヴォーカルが乗っている。

この曲の歌詞のテーマって、”City Of Symphony”的な価値観をベースにしながらも、それでもやっぱり誰かにわかってほしい、誰かをわかりたいという葛藤みたいなものがあるように感じる。

不安と安堵と狭間みたいな。

信じたい気持ちというのか、あるいは自分は全力で信じてしまっている一方で、相手も同じように思ってくれているのかという不安との葛藤というか、そんな情景かと思える。


3曲目は"Sophiscated Love"。

洗練された愛、とでも訳せるのだろうか、ヤマアラシのジレンマじゃないけど、近づきたいのに近づけない、どこか遠慮がちな男女の姿という感じなんだけど、大人の恋愛模様という撮り方もできるかもしれない。

プラトニックラブという言葉が流行ったけど、今時の恋愛模様というものを表そうとすると、洗練された愛、なんて言葉になるのかもしれない。

「もうどうにでもなりたいのに、どうにでもなれない君と僕」という一節がそれを感じさせる。

本当は理性なんて忘れたいのに、ついそれに縛られてしまうもどかしさ、ていうやつかな。


4曲目は健太郎さんヴォーカルの”Dig Me?”。

3曲目と対比的な情景で、そんな理性と戦う素直な野生を(というほどの激しさではないけど)素直に表しているようでもある。

印象的なのは「正しくなりたいだけなら少し黙っていてほしい」という一節だ。

このアルバムの中では割とメッセージとしてはわかりやすい曲だなと思うけど、その分いろいろな文脈もはらんでいる。

必ずしも恋愛だけじゃなくて、やたらと正論を振りかざして人を批判するようなあり方にも暗に異論を唱えるようなところもあるのだろうか。


続く”Still Life”は、やっぱりもどかしい愛情が歌われる。

自分の気持ちを素直に出すことは、ともすれば相手に負担を与えることにもある。

だからこそ生まれる信頼関係もあるんだけど、それがどこかよくないことのように思われる現代的な風潮に対して、そんなことないのに、ということをいっているようだ。

下岡さん作詞の曲なんだけど、「あの静物画のように気持ちを閉じ込められたら」なんていうあたりは素直な愛の感情だと思うし、彼の表現としては珍しい感じもする。

「愛しているなんて言っちゃいけないと思っていた」という言葉の裏に、相手への気遣いとどこかそこに過敏になってしまうまどろっこしさもあるようだ。


6曲目は健太郎さんらしいすれ違いラブソング。

これも同じテーマなんだろうなと思うけど、この曲では過剰に気を使いすぎるあまりにすれ違ってしまうような様が描かれているようだ。

比較的明るい曲調が続く中で、一番くらい曲かもしれないね。

本当はこうだったのに、微妙にずれてしまった切なさ、みたいな感じかな。


7曲目"Uiyo"、この言葉の意味自体はよくわからないけど、そうしてすれ違って別れてしまう状況を少し客観的に見ているような感じだろうか。

この言葉はなにかの掛け声ななのかなという気もするよね。

いろいろ反省してみても、結局また次に行くしかないんだから、あたかも出航の掛け声みたいな。

歌詞は割と具体的な感じもするしね。


そして8曲目は一気に曲調が明るく力強くなる。

健太郎さんはずっとファルセットで歌うのだけど、ここでようやく現実に引き戻される感覚がする。

一連でいうと、必死に働いて、会社から家に帰って、何気ないことが気になったり、過去の失敗を思い出しながら眠りについて、心地いいのかなんなのかわからない夢のなかから急に目覚まし時計に叩き起こされて次の朝を迎えるようだ。

サビのところではまるで機械時計のようなオルガンの音が現れる。

この曲は活動休止前のライブからすでにやっていた気がするけど、アルバム収録曲はかなりアレンジも変わっている。

力強い曲に反して健太郎さんの歌声のどこか夢うつつの狭間のようだ。


そしてラストは呂布カルマも参加した"Pinfu"。

この曲もものすごいはっきりとした輪郭は、このアルバムのハイライトとしてはすごく強烈だ。

「この街は平和に見える」とリフレインされるコーラスと呂布カルマの鋭いラップが見事な対比なんだけど、目を覚ませ!とでもいわれているようだ。

呂布のラップパートは歌詞カードにも載っていないんだけど、歌っているのはいかにも現代社会的な風景だ。

急に都会の雑踏にでも放り込まれた気分にさせられる。

それまで穏やかな曲と抽象的でいて見にしみて仕方ない情景がうたわれていたところにこれである。

いかにも平和で幸せそうに暮らしているかのようにみえるその人たちの多くが、それまでに歌われていたような様々な悩みや葛藤、微妙な人間関係に苦しんでいて、しかしそれを表に出すことを許容しないような社会に対して、「平和に見える」ということで告発しているようでもある。


と、自分なりに言語化するのに結構時間がかかったんだけど、このアルバムって何よりこの構成というか、曲順含めたところにすごいところがあるんだろうなと感じる。

34分だけど、あっという間に感じるのだ。

でも、ラストの2曲での叩き起こされ感の半端なさ。

辛辣な言葉はこのアルバムにはないけど、だからこそ逆説的に鋭く刺さる部分があるように感じる。

まさに音楽での表現という感じで、これまでの彼らとは表現のベクトルが違うように感じる。

毎日しんどいな、なんて自分を殺して必死に生きている人にはきっと慰めの言葉とも取れるだろうし、ちょっとひねくれてみればそうした人を見て見ぬ振りし合っているような社会の有り様を強烈に批判しているようでもあって、これは実に懐の深い音楽だと思う。


私はなんだかずっとこのアルバムについての焦点が定まらなくて、だけど聴いているとすごく心地いいし、聴き終わったらまた戻って聴きたくなるような感覚があった。

そのなんとなくモヤモヤしているものの正体がようやく掴めたような気がしたのでこうして描いて見たんだけどね。

生きていればいろんなことがあるし、モヤモヤすることはたくさんあって、でもその対象はさっきあった嫌なことだけじゃなくて、何年も前のとっくに終わったと思った過去からくるシクシクとしたものであることもある。

そうやっていろんなものをみんな背負っているわけで、だからこそお互いに其れを受け入れ合うことが共生ということなはずなのに、其れを許さないようなムードが世の中にはある。

でも、それを口にはっきり出すことは憚られるところもあるし、本人も自覚できないこともある。

それが当たり前のようになった世界は、見た目は何事もないように見えるけど、その実とても大きな問題をはらんでいたりする。

まあ、ちょうど私も会社でそんな風景を肌で感じることが多くて、なんだかモヤモヤしていることがあったのでそう思ったのかもしれないけどね。


ともあれ、彼らももうすっかりキャリアも20年になろうというベテランの領域になっている。

それなのに今だに表現を更新していく姿は素直にすごいと思う。

ライブ行ったら行ったでただ楽しいんだよね。

いい曲を、楽しそうに演奏する3人がいて、それを見ている時の幸福感よ。

愛って何?という問いに対して、彼らは音楽で答えを示そうとしてるのかもしれないね。

1日の終わりに、布団の中でゴロゴロしながらなんとなく流しているだけでも、なんだか心を癒してくれるような、そんなルバムなので、これは是非オススメしたいね。

"Sophisticated Love"