音楽放談 pt.2

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心にとどまる音 ―The Reminder

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最近リアルタイムで聴くものよりも、少しだけ遅れて聴き始めるものの方がはまる事が多い。

ちょうど1年くらい前に、当時の新譜を聴いてすっかり大好きになったのが、Feistである。

その辺の事は既に過去書いているのでそれはよかろう。

今回はその当時の新譜、ていうか現時点での新譜なんだけど、を少し。


彼女自体はBSSに参加していたから知っていたのであるが、実際このアルバムで初めて彼女自身の音楽を聴いて、やっぱりいいなあ、と思ったのである。

思っていた以上に穏やかで、静かで、優しい曲が多いのである。

歌詞は恋愛における心もようを扱ったものがやはり多いのだが、視点はやはり大人の視点だと思う。

恋愛とか言うと、だいたいはメインのターゲットというか、一番そういう事に夢中になりやすい10代の視点で描かれる場合が多く、男が歌えば自己陶酔、女が歌えばやっぱり自己陶酔、て感じで、まあはっきり言って鬱陶しいんだけど、彼女の場合そうでなく、一歩引いたところから色々観ているような印象である。

冷めている、という事ではなく、それがつまり大人ってことだと思うんだけどね。


1曲目"So Sorry"は、別れに対する後悔を歌った曲なんだけど、ちょっと自虐的というか、そういう感じもするけど、割とこういう感覚は共有できる人は多いんじゃないかな、という内容だと思う。

アコースティックないい曲である。

2曲目はアップテンポな"I Feel It All"、立ち直って新たに気持ちを高ぶらせるような内容である。

「I feel it all」「Wings are wide」など非常に前向きな言葉とともに「Who I'll be the one who break my heart」などの自己分析もあったりして、単に感情的なだけではない。

印象的なフレーズは「The truth lies, and lies divide.」というもの。

なかなか味わいのある言葉である。

3曲目はアルバム中で最も力強さを感じる"My Moon My Man"。

日ごと姿を変えながら姿を見せ続ける月に、男を重ね合わせているような内容、かな。

「少しの灯りをちょうだい」というフレーズが印象的である。


ここで2曲、すごく静かな曲を挟む。

"The Park""The Water"という2曲は、詞にも曲にも情景が浮かび上がるような美しさがある。

シングルにはなり得ないとは思うけど、こういう曲は好きだね。

すごく風情があるし、特にこの寒い季節にはあまりにしっくりくる曲である。

スキップせずに聴くべき曲である。


ここでまたアップテンポな"Sealion""Past In Present"と続く。

Sea Lionていうのはアシカの事みたいだけど、アシカ女というものを主人公にした非常に詩的な歌詞である。

曲はややコミカルで異色を放っている。

で、"Past In Time"と言う曲なんだけど、この曲は好きなんだよね。

やや性急とも思える曲の載せて歌われるのは自己肯定の歌なんだよね。

自己肯定というとややナルシスティックな印象かもしれないけど、そういうんじゃなくて、「私の現在には過去がぎっしり詰まっている」とか、「深紅の文字は黒ではない」とか、そういう印象的なフレーズが満載なんだけど、人が生きていく上では非常に重要な肯定なんだよね。

私は基本的に自己否定的な人間なので、それじゃいかんなあ、とは思うんだけどね。

ただ、私は概してJ-POP的な自分賛歌は嫌いなんだけど、この人の歌は素直に聴ける。

なんでかな、と思うんだけど、単純に声の持つ力もあるし、アルバムなどを通して感じられるこの人の押し付けがましくない優しい空気とか、そういうものが故かなとは思うけどね。


続く"The Limit to Your Love"は、「あなたの愛には限りがある、でも私の愛にはそんなものないわ」といういう、すごく情熱的な曲であって、曲そのものはやや悲しげでありながら、しかし決して悲観的な印象であったり、聴き終えて湿っぽくなる事もなく、ある意味では愛の本質ってそういうものかもね、という感じの感想の曲である。

で、次ぎにくるのが"1234"。

i-Pod nanoのCMにも使われていたし、その年のグラミー賞にもノミネートされ、一気に一般層にまで彼女の名を知れ渡らせる事になった曲である。

10代の恋愛に対して大人目線で声をかけているような曲である。

「あの頃の愛はお金では買えない」というのが非常に印象的だし、曲もここで一旦調子を変えるので、なおいっそう印象的に響く。

ポップで柔らかい、いい曲ですよ。

ちなみにこの曲のPVではFeistがレオタードで踊っている。

この人ってパッと見すごく上品というか、文学的なにおいのする人なのだけど、結構PVでは踊っていて躍動的である。

もともとパンクバンドやってたらしいし、お友達にはPeachesとかもいるらしいし、BSSのPVでもシルエットで激しく踊っている。

気取らない感じが素敵な人ですよ。


これ以降は比較的静かな曲が続く。

男を癖のある酒に例える"Brandy Alexander"や、経験に基づく認識と、認識に先立つ感覚との相克とでも言おうか、そういう感覚を歌ている"Intuition"。

そういえば、「わかってる」というフレーズがアルバム通して非常に多く使われているな。

この曲でも、わかってる、わかってた、けど、みたいなフィーリングがあるように思う。

"Honey Honey"と言う曲は、ややドリーミーな曲調が特徴的で、歌詞も少し童話的というか寓話的というか。

食料である蜂蜜を求めてミツバチは巣を飛び出して遠くまで行く訳であるが、果たして彼らはきちんとみんな戻って来れるのかな?という心配と、遠くにいる男が果たして自分のもとにちゃんと戻ってきてくれるのかしら、みたいな感じかな、と思う。

蜂蜜のHoneyと、彼女を呼ぶときのハニーを掛けているあたりが彼女のユーモアである。

ちなみにこの曲ではBSSのケヴィンとキャニングがコーラスで参加している。

もっともそれほど前面には出てないけどね。

そしてラストを飾るのは"How My Heart Behave"。

さびが壮大な曲であるが、基本的にはシンプルにして味わい深いのはもちろんである。

自分自身に翻弄されてしまうような心模様を歌っているのかな、という感じがするけど、観念的な言葉が並ぶので人によって感じ方は違うだろうね。

「何が育ったの?誰の心の中で?」というフレーズで始まり、そして終わるこの曲は、ここまでの曲の総括のようでもある。

楽器の入るところと切れるところの間が絶妙な、すばらしい曲ですよ。


彼女の曲というのは、聴いていると総じて曲に支配されるというよりは、曲の中に入っていくような感覚がある。

静かながらも非常にアレンジも繊細なので、耳を傾ければ傾けただけ色々発見があるし、世界が広がるようでもある。

静かだからといってただ音量を上げさせるような愚かしい事はさせないし、なんというか、すごく開かれている場所でなっている感じというかな。

別にそこに飛び込むのも飛び込まないのもあなたの自由ですよ、とでも言うような。

いい曲って言うのはこういうのを言うんだよな。

夜、一人静かに聴いてもいいし、あたたかな昼下がりに聴くのもいい。

楽しいときに聴いても悲しいときに聴いても、何かしら響くものがあるはずである。

場所を選ばず、シチュエーションも選ばず、でもすごく引力を持つ、不思議な魅力を持ったアルバムであって、やっぱりアルバム単位で味わってほしい音楽である。

また、観念的な詞も多いため、色々考える余地もあるし、曲感にも間があってゆったりしているため、曲を聴きながらじっくり味わう事もできるはずである。

こういうフィーリングはいいよ。


残念な事に、自分の周りにはこういうのをじっくり聴こうという人がいない。

別に彼らの聴くものを否定はしないし、それはそれで個人の趣向なので仕方ないけど、こういう音楽にもぜひ耳を傾けてもらいたいと思うよ。

そうすれば、世界はもっと広がると思うけどな。

地味だけど、本当にいい音楽ですよ。