既にNine Inch Nailsとしてのツアーを今年限りで休止することが宣言されている訳であるが、年齢的にもラストツアーともなり得る来日公演が、いよいよ今週末に迫っている。
よりに寄ってサマーソニックのマイケミの前なんて。
その状況を選んだのはトレント本人とはいえ、状況から言えばそこを選ぶだろうとも言える。
いかにも彼らしく、静かながら内面にたぎる思いは未だ変わらず、ファンとしてはうれしいんだけど、やっぱり単独が観たかった。
そこが残念でならない。
最近彼らの音楽を聴く機会は以前よりも明らかに減っている。
ぶっちゃけ「The Slip」はあんまり良いとは思えないし、「Year Zero」も好きではない。
もちろん曲単位ではかっこいいのもあるし、アルバムとしても完成度は高い。
しかし、ある種の新鮮さや、今まで感じた感動はどうしてもこの2枚からは得られなかった。
それでも尚、このバンドは私に取っては特別の存在であることには変わりない。
なんというか、単純に曲を聴いて感動したとか、そういうのを越えているのである。
だから、やっぱり特別なんだよね。
私が初めて聴いたNine Inch Nailsのアルバムは、当時では最新盤であった「The Fragile」である。
最新と言っても、既に発売から4年は経っていたはずである。
このアルバムが出たのが1999年、私が聴いたのが当時高校3年であったので2003年であったから。
受験勉強で精神的にキテいた時期でもあった訳であるが、初めて聴いたときはもっと激しく、気が狂ったような音楽を、ネットなどの書き込みで想像していたのであるが、思っていたよりもずっと穏やかで、静かで、暗澹としていて。
当時はそれほど音楽をたくさん聴いていた訳でもなかったので、それほど良さがわからなかったというのが正直なところであった。
それでも、なんとなく気になったように聞き返すうちに、完全な愛聴盤と化し、いつの間にか自分のベストバンドにまでなっていた。
「The Fragile」は、前作「The Downword Spiral」から既に5年もの月日を経て発売された、まさに世界が待っていた1枚であった。
その期待感を表すように、アメリカではついに発売週1位を獲得した。
しかし、翌週には確か100位台くらいまで急落し、まもなくチャートからは姿を消してしまった。
その結果にトレントはひどく落胆したというエピソードは非常に有名であるが、それがアルバムの出来を反映したアクションかと言えば、全くそうではないのである。
特に日本では、このアルバムを彼らの最高傑作に挙げる人は少なくない。
私もそう思っている。
2枚分のヴォリュームでありながら、アルバムとしては見事のまとまっているし、曲単位でみても良い曲がそろっている。
また、インスト曲とのバランスも非常に良く、完成度は抜群である。
何故そういう結果になったかと言えば、当時アメリカで流行っていたのがいわゆるKornを源流にするようなヘヴィロックであったり、成金ヒップホップであり、オルタナという価値観が既に忘れられ始めていた為であろう。
そんな中にこんな静かなアルバムを持って行っても、アメリカ人には理解できなかったのだろう。
スマパンの「Adore」なんかも同じ憂き目に遭っていて、やはり日本では評価がよかったとか。
このアルバムの冒頭"Somewhat Damaged"は、最近のライヴでもしばしばスタートで演奏される曲で、2006年の単独でも、中日で演奏された。
静かな入りから、次第にインダストリアルなノイズが飛び交い、ヴォーカルも徐々にテンションを上げて行くような展開は、抜群にかっこいい。
ライヴでは、演出としてスモークが炊かれる訳であるが、その後ライトが落ちてメンバーが出てくるのが普通であるが、この曲で始るときはスモークが少し多めに炊かれ、光が落ちる前に曲を始め、トレントも半ば唄いながら出てくる。
ライヴアレンジもかなりかっこ良くなっているので、是非みたい一幕の一つである。
続く”The Day The Whole World Went Away”は、静と動の瞬間の入れ替わりの対比の鮮やかな曲で、シングルにもなっている。
"Somewhat Damaged"で上がったテンションを一気に下げるというよりは、深みに誘い込むような曲であるかもしれない。
ギターの轟音と美しいコーラスの対比も見事な、そんな曲である。
続くピアノインスト”The Frail”からノイズのかっこいい"The Wretched"への流れはライヴでも定番な訳であるが、ここで一気にレッドゾーンである。
特に"The Wretched"の不気味な戦慄とサビでの爆発は、とにかくかっこいい。
ギター?の轟音も凄まじく、重低音をひたすらたたき出すドラムも雰囲気を出している。
ところで、このアルバム総じてそうなんだけど、基本的に何の音なのかがわからないパートが多い。
ギターだろう、キーボードだろう、と言って事はわかるんだけど、専門家でもない私には特に良くわからない音処理がなされている。
このアルバムがチャートアクション以上に評価され、かつ革新的であると言われるのは、そうした彼の才能の炸裂しまくりのプロダクション故である。
もともと音の処理に関しては抜群の評価があり、彼がここまで名を知らしめたのもそうした側面が強く、インダストリアルというジャンルを広めたのも彼のそうした功績である。
曲のポップ性と音の凶暴さと、その後ろ側にある繊細な感情、それがNine Inch Nailsの音楽を語るときの大きなキーワードと言っても良いだろう。
それはともかく、まるで雷雲が過ぎ去るように"The Wretched"が終わると、今度は激情と言う言葉が非常にしっくりくるであろう"We're In This Together"。
この曲はPVが作られているが、ここではまだ静かで内向的という彼かつてのパブリックイメージそのままのトレントが観ることが出来る。
この曲は珍しくのっけからテンションの高い展開である。
渦巻くような演奏も相まって、一つのハイライトのような印象もある。
そして続くのがタイトルトラックでもある"The Fragile"。
この曲は非常に美しく、タイトル(儚い)が示す通りの曲である。
「She doesn't see her Beauty. 」などといった言葉のチョイスもすごく綺麗な曲で、大好きな曲で遭える。
ちなみにこの曲は、ライヴアルバムに付属でついていた未発表曲集「Still」にピアノヴァージョンが収録されている訳であるが、それを聴くと尚いっそう綺麗なメロディの曲だと言うことがよくわかる。
同時に、うまいとは言えないが、繊細で、実は澄んでいて、鼻にかかったややクセのあるトレントのヴォーカルの魅力も存分に味わえる。
彼の音楽には、すべて必然性が感じられる。
このアルバムはディスク2枚組である訳であるが、それぞれで印象が異なっている。
1枚目は比較的バーンと弾ける曲が多い訳であるが、2枚目はもう少し靄がかかったような印象がある。
1枚目は"The Fragile"までが一つのセットで、それ以降がじわじわと深みにはまるように、曲もはっきり言って地味目になって行く。
激しく展開するというよりは、アンビエント的というか。
"Even Deeper"という曲のタイトル通りとかじゃないけど、でもどんどん深みにはまって行くような感覚は確かにある。
私は個人的にこのアルバムは靄がかかったような印象を持っている。
視覚的イメージも喚起されるほど。
当時の彼の状況というのが、やや見失っていたような状況であったと言うから、あながち外れても無いと思う。
同時に、彼の表現が如何に自分に忠実なのか、ということでもあるかもしれない。
1枚目のラスト2曲"La Mer""The Great Below"あたりは、すごく空間的広がりも感じさせる曲で、明るい情景なんだけど、でもあんまりポジティヴじゃないというか。
すごく綺麗なんだけど、そこには誰もいないし、ただ空間が広がっているだけ、みたいなイメージが浮かぶ。
「I can still feel you even so far away,」という一節が繰り返されながら、曲は終わる訳であるが、そこには希望といえるような感情もあるように思うし、だけどそれは確固たるものには感じられないような、そんな印象である。