海外レコーディングを経て、視線が外へも向き初めてきた彼らの、一つの集大成的なアルバムが、今回取り上げる「PARK」であると思う。
全編非常に良質な曲がそろっており、アルバムとしてのバランスも申し分ない。
前作が実験的な色合いが強かったのに対して、今作は極めてポップであり、同時に非常に尖った作品でもある。
しかし、殊曲に関してはそうした攻撃性はあまり感じられない。
もっと別の衝動により突き動かされているような、そんな印象である。
このアルバムは、個人的に初期マッドの最高傑作だと思っている。
恐らくファン人気もかなり上位に食い込むはずである。
まずなんと言っても収録曲が非常にいい。
"Hi-Side""Limit""公園へあと少し""Parasite""Park"など、ベストにも収録された曲が非常にいいのである。
特に"Parasite"なんて、イントロのドラムだけでも爆裂にテンションが上がる。
終盤のメロディアスさと冒頭からの叫ぶようなパートの対比もすばらしく、歌詞も好き。
カラオケで歌ったらさすがにひかれた記憶があるが、この曲は文句なくかっこいい。
また"Limit"と言う曲は、とにかく歌詞が大好き。
「俺はお前らの仲間には入りたくないんだ」というラインが強烈なので、カラオケで歌う時には注意が必要である。
"Hi-Side"なんかは後期にも通じるKyonoのヴォーカルが印象的。
歌詞にしても、抽象的な表現が試されている印象がある。
また、"公園へあと少し"は、マッド史上随一のメロディアスな名曲。
歌詞の叙情性もさることながら、若干ファンタジックでさえあるギターメロなど、マッドファンならひっくり返るくらいの代物である。
でも、この曲が良いんだよね。
ある意味ではTakeshiのパーソナルな部分が非常に強く反映された曲なんじゃないか、という気がする。
所々に見せていた、ある種のセンチメンタルであったり、あるいは孤独感、それを補ってくれる仲間の存在とか、そういったものを素直に出してみました、という感じがするのである。
良い曲なんだ。
"Park"は非常に早い曲だが、聴いていて切なくなるものがある。
疾走感のある曲に載せられる歌詞は、どこか切なく、諦めのような感情を讃えている。
「誰も良いことはない、公園の役人はつぶやいた」なんて言う歌詞もある。
ただ、「目の前に赤い線をひく」というラインが冒頭にあるんだけど、そして悟りのように諦めをつぶやく奴や、いわゆるステレオタイプ的な価値観で人を縛り付けようとするやる(先生とか役人とかね)に対して、自分はお前らとは違うんだ、という事を表明しているとも思える。
「ここはこうして観ているから、お前すぐにそこに立てよ」なんていうのは、そういう感情かな、なんて。
そして、最後の"Mustard"と言う曲に続くのだが、悪ガキっぽいノリがすごく良い曲である。
比較的シリアスな顔が見える印象がこのアルバムにはあるんだけど、この曲を最後に持ってくることでムードがかなり一変する。
この次のアルバムは、もはや次のフェーズを見据えた実験性の強い作品になるので、やはりこのアルバムは彼らにとっても一つの区切れなのだろう。
彼らが戦い続けた敵も明確になり、かつ自分と同じ意識の人が少なからず居ることにも気づき、そうした中で自分たちはどういうスタンスであるのか、そんなことが見え隠れするアルバムなのかも知れない。
ポップで、辛辣で、切なくて、かっこ良くて、そんな要素の詰まった珠玉の一枚である。
以降のバキバキのサウンドになる前に見せた、彼らのメロディアスな要素を凝縮したようなアルバムと言えるだろう。
でも、ホントこのアルバムの曲の歌詞は良いのが多いんだよ。
”時の音”という曲も、かなり穏やかで異色と言える曲なんだけど、ありのままを受け入れようという姿勢が見えてくるし(直接そうはいわないけどね)、"生まれたばかりの絵画を燃やせ"なんている曲もある。
この曲は、満足とか安定といった一見ポジティヴな事象に対して「だまされるな!」と啓発しているような曲かな、と個人的には思っている。
極初期の、とにかくなんにでも気に入らないものには噛み付いてやる、という攻撃性は薄れ、良い意味で大人になったアルバムだろう。
何度も言うけど、本当に良いアルバムですの。
これ以前のアルバムの曲をライヴで観れることは、もうないだろう。
それは残念でもあり、一方でやってしまっても残念な気もしてしまう。
そう思わせるバンドこそがマッドであり、その母体は既にない。
既にそれぞれが別に始めているから。
残念だけど、でもやっぱりそうでなくちゃね。
とりあえず、こうした音源で楽しむより他ないのである。