吹きすさぶ雪の中、電車が駅に到着する。
「次は札幌、札幌、お出口は右側です」。
勢い良くドアがひらき、一歩外に出ると尚風の音が耳を塞ぐ。
レールを削るようにざらざらとした音を発しながら、勢い良くドアが閉まると、暗闇の中、雪の中を滑るように列車は去ってゆく。
一歩踏み出すとそこから先には闇があり、かすかに見える街頭が断片的に待ちの景色を浮かび上がらせる。
しかし、向かうべきところはそんな光のある景色ではない。
それらに背を向けるように角を曲がると、そこには宵闇以上の暗闇が広がるかのごとく。
一瞬の沈黙。
「針は変えたんだろうな?」
瞬間に世界に引き込まれるような、感覚。
瞬間に世界に引き込むような、迫力。
叩き付けられる言葉の説得力という奴がこれほどまで強烈な奴は、そうはいない。
何だこれは、と思わず言いたくなる。
自分はロックと分類される音楽は割と色々効くのであるが、それ以外のジャンルにはなかなか手が出せないでいるのだが、それでも経済的なゆとりなども生じて、知的好奇心も生じて、幅広く聴こうと言うスタンス。
テクノやエレクトロニカは割と普段効いている音楽とのつながりも多かったため、そんなに抵抗なく手を出したし、気に入るものが多い。
一方で、ヒップホップと言うジャンルに関しては、ある種の先入観もあり手を出さなかった。
それでもやっぱり色々聴いてみたいと思い、手を出した。
とはいえ、一体何から聴くべきかがわからない。
黒人音楽に端を発するジャンルで、金とドラッグと女ネタ以外でないかしら、というとないような気がして。
そうかと言ってRip Slimeみたいななんちゃってには用はない。
何があるだろうか、本物と呼ばれるものをせっかくなら聴きたい、と思った。
そんなときに、雑誌などでちょくちょく目にし、且つレビューの評価もすこぶる高い。
という訳で選んだのがTha Blue Herbである。
冒頭の下りは、彼らの1stアルバムの導入部分を描写してみました。
恐らく彼らのマジファンからしたら安易に口にするんじゃねえ、という話だろうが、個人的には衝撃だったので。
とにかく情報量の多い歌詞と、ボトムを這うようなトラック、叩き付けるようなラップと、聞く側にも一切の妥協を許さない姿勢。
単純に攻撃的で、挑発的な言葉を使っているから、なんていう表面的なことではない迫力が全編にわたってみなぎっている。
彼らの世界とはかけ離れたところにいる自分には、ときにはっとさせられる瞬間さえある。
このトラックがどう、あのトラックがどうなんていう事を細かく言えるほどに聞き込んでいないけど、中盤の「お前らじゃない、お前一人で来い」というあたりの下りが特に痺れる。
全般的に言って、俺がやってやるんだ、という気概がものすごく満ちあふれていて、そういうのが実にかっこいい。
一方で仲間とか、同士とか、そういう言葉も多用される訳であるが、単に肩を組んでイエ~などと言っているたわけた連中の生温いつき合い方をリプリゼントしている訳ではもちろんない。
そこでまず巷に反乱するなんちゃってジャパニーズヒップホップとは一線を画しているといえよう、多分。
安売りはしない、吹っかけもしない、低く観られるのは許せない、かといってハイプは認めない。
そんなものはどうでも良い、とにかく俺の言葉を真正面から聴いてみろ、という感じかも知れないね。
それと、北(=北海道)と言うものに対してものすごく誇りを持っていて、その辺りもある意味非常に独特かもしれない。
日本人というのは、得てして自分の出自に関して自信を持てない人が多い。
田舎であれば、都会に憧れてみたり、都会にいる人は海外に思いを馳せてみたり。
もちろんそういう人でも郷土愛というのはもっていて、「やっぱり家が落ち着くわぁ」などと言ってみたり、他人に馬鹿にされると強く腹を立てる。
だから、多分理想と現実のように分けているような側面があるのかもしれない。
しかし、彼らはそうではない。
北にこだわる。
北というアイデンティティがものすごく重要であるというのが伝わってくる。
郷土愛とか、そういうレベルではない。
アイデンティティそのものであるとでも言わんばかりである。
そういう感じは、自分は少しわかる気がする。
日本の中で北海道というのは地理的にも極めて特異な地域であるのは確かなので、感覚はかなり違うかもしれないけど、自分という存在の原点はやはりそこにあるにであり、自分というものを掲げるときには多かれ少なかれ出てくるだろう。
と、まあ的外れかもしれないけど、自分はそんなことを少し思ったのでした。
ともあれ、音楽的な好みで言えば、必ずしも大好きとは言えないんだけど、彼らの作り出す世界観であったり、あるいはアチチュードという部分に関しては、素直にかっこいいし、本物と呼ばれる所以も僅かながらにもわかる気がする。
「針は変えたんだろうな?」という言葉を境に描き出される世界は、圧巻であるよ。
ヒップホップというジャンルに関しても、これほどまでにディープな世界を見せてくれるのであれば、外の作品も是非聴いてみたいですね。
また探してみよう、と思うのでした。