古株のヒップホップファンにとって最近密かに話題になっているのが、かつてお茶の間でも人気を博したYou The Rock★の11年ぶりにアルバムをリリースするニュース、しかもプロデュースがTHA BLUE HERBなのだ。
リリースも彼らのレーベルで、トラックはO.N.O、すでにシングルは発表されているが、曲調はTBHの新譜と通じるゆっくりとした穏やかなトラックだった。
で、なんでそんなに騒がれるかと言えば、もちろん11年ぶりということもあるが、それだけではない。
YTRといえばさんぴんキャンプという日本でヒップホップの広がり始めるきっかけになったイベントにも出ていたし、それこそZeebra始め日本のヒップホップの伝説というような人たちが共演した”証言”でもラップしているくらい、日本のヒップホップでは超がつく大物である。
笑っていいともにも出演しており、Dragon Ashの登場で一般層にも浸透していて、当時のヒップホップブームを端的に表しているかもしれない。
しかし、それだけ象徴的な存在になると、当然槍玉にあげられる機会も増えてくるのだけど、その時に彼にビーフを仕掛けていた一人が若かりしThe Bossである。
当時は東京=日本の中心、東京こそが天下だ、みたいな価値観が当たり前だったわけだが、そんな状況に対して東京がなんぼのもんだ、と中指を立てていた地方のヒップホップの代表格が98年に業界に衝撃を与えた日本のヒップホップ史でもクラシックとなっている作品をドロップしたTha Blue Herbだった。
曲の中でも彼をディスっていたので、それを知っている古参のファンからすればそんな二人がこうして一緒にアルバムを作る、なんならまだまだ現役バリバリのTBHがかつての敵をフックアップする形でサポートしている姿が、ある種感動的なわけである。
もっとも、彼らは6年前にリリースされたBossのソロアルバムで共演しているから、すでに和解もして友人関係なわけだけど、やっぱり客演でラップするのとちゃんとアルバムを作るのでは全然違うからね。
ファンからしたら、11年ぶりに何をラップするんだろうってところだろう。
先行でリリースされた曲では、穏やかなトラックで彼の心情吐露のような内容になっている。
さんざん書いているが、正直私はYTRのファンでもないし、ヒップホップの古参のファンでもない。
なんならまともに聴いているのはTBHくらいで、あとはいくつかつまみ食いしている程度だ。
でも、日本のヒップホップではベテランにあたる彼ら世代、Rhymasterやスチャダラパーらもそうだけど、この世代はロールモデルのない、ある意味で引き続き最先端に立たされている存在である。
歯向かう相手もいないし、ヒップホップとしてのカッコいい年のとり方ってなんだ?ということを示していかないといけない世代だ。
そして、多分何をされても若い奴にはディスられる対象になるだろう。
そんな中で、Bossのあり方はかっこいいなと思っている。
彼はテレビにも出ないし、本当に音源とライブ、あとは物販くらいでしか稼いでいないが、それだけで稼いでいる唯一無二と言える存在である。
別にテレビに出ることが悪いとは思わないし、そういう分かりやすいスターもいないと文化として広がらないから、YTRやZeebraなどの存在は、批判されようがなんだろが間違いなく必要なんだよね。
広い入り口がないと、どんどん蛸壷かしていくから。
Bossはその点を心得ているから、最近は実にピースフルで、若手もベテランもかかわらずいろんな存在とつながっている。
最近ではZornのアルバムにも客演しているし、なんならBrahmanのようなロックバンドとも共演している。
まあ、そうはいっても彼は音源をしっかりと残していることが重要だと思っているので、フリースタイルバトル一辺倒になるのは違うだろ、ということは思っているし、言いたいようだ。
ともあれ、彼はずっとヒップホップ一本でずっとやっている。
私は3回転職しているし、人生において達成したい何かがあるわけでもないので、割とふらふらと生きている。
やっていて面白いと感じることはあるけど、それは娯楽としてという場合が多い。
なので、こうして一つの筋で生きている人ってすごいなと素直に尊敬するんだけど、なんだかんだこのYTRもそういう人なんだな、ということはこの曲を聞くとなんとなくわかるんだよね。
ずっと同じ道の上を、少し違う経路で歩いているだけで、だからこうしてどこかで巡り会うんだろうね。
これってありそうでそうもないことだから、とても幸福なことのように思える。
まあ、たまたま私はTBHが好きで、それきっかけで多少はそうした背景情報も知っているから楽しめるところはあるけど、そうでないとわかりにくいところもあるのは事実だろう。
そういえばBossも最新のTBHのアルバムで、そういうことを伝えているトラックもある。
「昨日今日じゃない、長い話なんだ。その長さを楽しんで欲しい」とラップしている。
要はそういうことなんだよね。
若い世代にもかっこいい人はたくさんいるから、せっかくなら同じ世代の今を感じる方が、経験としてはいいと思うからぜひそっちを聴いて欲しいけど、一方でこうしたベテランの味も少し味ってもらうと、きっと世界が広がると思う。
ちなみに、冒頭の動画はアルバムリリースに合わせて企画された二人の対談だが、この中でBossがYouの人柄について言及しているところがある。
へぇ〜、ていう程度の話だけど、同時に21年前に笑っていいともにYouが出演した時の映像も見てもらうと、彼がなんだかんだ愛される存在なんだろうなというのはわかる気がする。
冒頭から騒ぎまくっているが、最後の方でしっかりと彼なりのメッセージを話しているだけど、彼のヒップホップ論はこの時も今も変わらずずっと一貫している。
私はあえて今の彼のアルバムから聞いてみようかと思っている次第である。
変わったところと変わらないところ、その両方をみるのも面白かろう。
長い話なんだよな。