人に歴史あり、とはよくいう話だが、他人の歴史なんてほとんど知らない。
会社の同僚と飲みの席でもあれば時間潰しに聞いてみることもあるが、そうでない限りは聞く機会すらないからね。
しかし有名人ともなれば色々と聞かれる機会も多いだろうし勝手に調べる輩も増える。
一方で自身のそれ自体を表現の根源としているものも少なくなく、音楽なんかはその最たるものだろう。
特にシンガーソングライターのように自分で曲を作っている人なんかはその傾向が強い。
そこに共感できるかどうかが重要なわけで、私が日本語の音楽を聴くときはそれが是非を分けている。
それこそ小学生の頃から聴いていた音楽で今も聴いているものについては、なんだかんだ歌詞に引っかかっているのが勝手に面白かったのものだ。
で、音楽で言えば言葉がとても重要なのがヒップホップだろうが、私はそんなに熱心聴いているジャンルではないものの、Tha Blue Herbだけは新譜が出れば公式で先行で買っているし、ライブも単独はかなりの割合で行っている。
過去の音源ももちろん好きだし、なんなら20代後半の頃に私のBGMの一つだったくらいなんだけど、一方で最近の曲ももれなく好きである。
昔から他のトラックメイカーやラッパーともコラボはあったが、近年はソロ名義でがっつり作ることも頻度は増えている印象だ。
ソロではTha Boss名義で、2015年に1stアルバムをリリース、当時も界隈では話題になっていた。
例によってDVDにもなっているし、そのライブは現地で見た。
そこから8年になるが、今年2ndソロをリリース。
前作ではYou The Rockとのコラボが話題になったわけだが、その後YTRの数年ぶりの新作リリースまでつながっており、今回のアルバムでも再び共演している。
そして今作で最も注目を集めたのは、RhymstarのMummy-Dとの共演だろう。
私は知らなかったが、若かりし頃ビーフの関係にあった二人で、数年前についに仲違いは解けたというのが密かな大ニュースになったのだ。
これが当時の写真で、ただのファンと化したCreepy Nutsの二人も印象的だ。
なので、ある種の問題はもう片付いていたのだけど、そのビーフとなった背景も含めて作品に落とし込むあたりがBossである。
もちろんDさんだけでなく、他にもYTRはじめShingo★西成、ZORNといったずっと親交もある関係から、JAVEという若手ラッパーも起用。
さらにトラックメーカーも若手からベテランまで幅広く揃えており、前作とはまたベクトルの違う作品に仕上がっている。
1曲目は前作同様このアルバムのテーマや想いを表明するような曲だが、トラックは割とアッパーで、いきなりTBHとは違う空気を見せるのがいい。
ラップもフックのところはシンプルな言葉の繰り返しになるが、バキッとした空気感も素晴らしい。
続く2曲目は少し過去に目を向けながら、その時が今につながっているという過去と現在、そして未来へ目配せするような詞になっている。
俺は俺に言い訳させない、とでも言いたげで、いかにもBossらしいなと感じる。
3曲目は改めての自省のような内容だ。
ただ「全員に好かれるのは何かが足りない」という一節は少し引っかかって、むしろ主張も何も強すぎたんだと私は思っている。
はみ出さないとコアにはなれない、それこそがBossではないだろうか。
4曲目は客演の1作目”STARS”、若手ラッパーJEVAであるが、私は彼の存在は知らなかった。
三重県出身らしく、先日のツアーでは名古屋で呂布カルマと共に同じライブでやっているようだ。
リリックはBossも札幌で始めたばかりの頃を謳っており、対するJEVAもまさにそんな景色を歌っているが、言葉のチョイスなんかは今時の感じだ。
変な意味じゃないですよ、すごく純粋さみたいなものが滲み出ている感じで、なんかいい感じだ。
トラックも田舎の街灯もない真っ暗な星空の下で聴きたくなる穏やかな曲。
リリックの世界観ともマッチしている。
ちなみに、今作では客演でもマイクリレーみたいな感じではなく、前半後半のようにそれぞれががっつりとラインをかますような曲構成になっており、それが二人の対話のような演出になっている。
また、特に古馴染みの場合はスキットのように会話のやり取りも入っているのが面白い。
続く5曲目はShingo★西成の客演”Someday”。
冒頭の会話劇の絶妙な関西弁がいい味を出している。
地方出身者同士の矜持を示すようなリリックだろうか、Shingoの要所要所で抜いてくるようなラップがいいですね。
リラックスしたムードながら、世の中の地場でやっている奴らへのメッセージみたいな感じにもなっているのかな。
街をぶらつきながら、この曲はちょっと会話劇なところもあるが、アウトロの会話も含めていい感じだ。
どんな店やってんだろうな。
続く”Sapporow Pt. 2”、地元での若かりし頃のあれこれを回帰するような曲だ。
スクラッチにはDj DYEも参加、前作の曲の続編のような内容だけど、この辺りの世界観はソロならではなんだろうな。
7曲目の”Music Is The Answer”も、自分の根っこにあるクラシックやアーティストをひたすら並べるような非常にプライベートな内容だ。
ちなみにBossは清水さんっていうんですね。
それはともかく、これまでの曲もそうだけど、地元を練り歩きながら、目に止まる思い出のスポットで、ああここはこんなことがあって、ここではこんなことがあって、みたいなことを語っているような手触りが全体としてあるように感じる。
8曲目は再び客演、YTRとの”Dear Sprout”だ。
MVも公開されたが、まさかの幼稚園で二人が保育士に扮して小さい子たちと共演している。
まさかこんな世界観を出すとは。
MVもなかなかにインパクトだが、曲自体も非常にコミカルというか、普段の二人のやり取りをパッケージしたような感じで、冒頭の謎のわちゃわちゃもクスリとさせられる。
二人に子供がいるのかは知らないが、子供に向けたメッセージのような曲になっているのが面白いところだ。
非常に穏やかなトラックも手伝って、この二人からこんな曲が流れるなんてというのはちょっと驚きもある。
9曲目”The World Is Yours”は、ちょっとトラックは重ためだが、ムーディでもある。
ちょっと焦燥感みたいなものを感じるようにも思うが、リリックも一抹の不安や葛藤みたいなものも滲ませる内容だ。
でも、終盤では聞き手へのメッセージもあって、最近の閉塞化を感じている人に向けてのものかな、という感じもするね。
10曲目は若手トップと呼び声も高いZORNとの曲、”Letter 4 Better”。
曲のテーマは今よりもっとよくなる未来への手紙、ということだろうか。
かっこいいなと思う。
対してBossのリリックはかなり抽象度が高い印象だ。
どういうことなんだろうかとまだ考えている。
そして11曲目はこのアルバムの一つのハイライトと言っていいだろう、Mummy-Dとの”Starting Over”。
過去を素直に認めて取り戻そうとするようなBossのリリックと、それ以上の熱量で彼なりのヒップホップを展開するMummy-D、畳み掛けるようなラップもかっこいいじゃないか。
私ももうおじさんなので、こういうのってやけに染みるようになっている。
そもそもビーフ自体ちょっとした勘違いもあって拗れていたというのは、この共演をきかっけに明るみになったことでもあるが、いずれにせよ当時のファンからすればなかなかの感慨ではないだろうか。
曲の中でも語られるが、大きな過去のビーフでは最後の一人なのかな。
こういった曲は、彼らが50も過ぎてなお現役でやっていないと成り立たないから、若手にはできない表現だ。
ここまでの曲で、これまでの活動で繋がってきた関係を振り返っているようなところから、さらにそれを統括するような感じの3曲が続く。
そこでまた時間軸がぐっと現在地点に戻ってくるところから、ラストの”Yearning”につながっていくような感じだ。
客演の曲ももちろんいいけど、やっぱりこの曲が圧倒的に素晴らしいなと感じる。
曲としては、1stのボーナス的なシングルだった”And Again”とテーマが地続きだけど、同時に”時代は変わる”的な外向きのメッセージにもなっているのが今のBossの現在地なのかなと思う。
CELORYのトラックもめちゃくちゃ良くて、この曲だけでも何度もリピートしてしまう。
フックの「無いなら創れ、居ないならなれ」というのは、シンプルだけど開拓者てのはこういう人なんだろうなと思わされるし、ずっと今もそれをやり続けている。
社会的な目線も忍ばせつつ、つまるところ自分でやるしか無いだろうというメッセージが、刺さるんですよ。
私はしがないサラリーマンでしか無いが、それでも自分なりにその都度切り拓いたものが小さいながらにもあるから、そんな自負はありつつも、そうしているのも段々キツくなってきているのがここ最近。
体調もちょっと不安定だし。
だけど、そんなこと言ってらんないなと思うしね。
と、まだ全部消化しきれていないけど、私はこの2ndのソロの方が前作よりも明らかに刺さっている。
正直DJ HONDAとのアルバムってそんなにピンと来なかったんだけど、このソロ作はめちゃくちゃ好き。
2枚組でインスト付きのものを買ったのだけど、インストの方もすっごいいい。
音楽を聴いていて、言葉が刺さるアーティストって多くはないけど、彼の紡ぐ言葉はやっぱりすごい。