アルバムは5年に1枚、というオリンピック以上のスパンが当たり前となっていたNIne Inch Nailsであるが、「With Teeth」の次には僅か2年というスパンで新作が届けられた。
当時既にネット上から音源を無料配信し、ファンが音楽ソフトを使って自由にアレンジできると言う試みを楽しんでいたトレントであるが、次のアルバムは発売前に全曲、しかも超高音質で試聴できると言う試みを行った。
たしかアルバムリリースの1週間前のから発売までだったと思うけど、それまでMy Spaceで数曲しか聴いてなかったので、さすがに驚いたし、発売前にガッツリ聴きまくったけどね。
「Year Zero」と名付けられたそのアルバムは、トレントなりに9.11以降のアメリカに対して起こしたアクションであり、それまで自分の中にばかり向いていた感情や意識を外に向け始めた事が明確に表明されているかのようなアルバムであった。
パソコン上で音楽ソフトを使って制作したというだけあって、かなり音は打ち込み系。
印象的なのは、とにかくトレントが非常に楽しんで作っていることが伺える事である。
テンションの高さは楽曲からも、ヴォーカルからもにじみ出ている。
かなりテンションの高い曲が多く、しかしアルバムとしての構造はさすがの一言。
コンセプト性も明確で、音楽的な要素よりもむしろそちらにフォーカスしたようなアルバムであると言っても良い。
インタヴューでもなんでも、とにかくトレントの発言が力強くて、びっくりした。
このアルバムに伴って、彼は大規模なキャンペーンを打つ。
ネット世界で様々なストーリーを展開させつつ、時に現実のライブでネット世界とのリンクをつけて、ある種のゲームをした訳である。
あいにく英語に明るくないものに取っては何が起こっていたのかはよくわからなかった、というのが正直なところではあるが、彼がこのゲームを仕組んだ意図というのが「現実とヴァーチャルの境界をなくしたかった」ということらしい。
前作の歌詞でもしばしば「境界」という概念や言葉が使われていた訳であるが、それこそが当時アメリカと言う国、さらには9.11という事件に直面したアメリカ国民に対してトレントの感じた危機感であり、このような音楽を作らせた動機にもなったのだろう。
歌詞カードであったり、あるいは公式ページであったりに、そのゲームのヒントはちりばめられていた。
ネットという架空の世界と現実の世界で起こっている出来事を向後に織り交ぜる事で、ネット世界(字義通りの意味だけでなくある種のアナロジーとしての)の住人に対して訴えかけた訳である。
そんな事をするようになるなんて、かつてのファンにしてみれば戸惑いの方が大きかっただろうな。
まあ、一番戸惑ったのはマッチョで坊主になったトレントの容姿にかも知れないが。
このアルバムは、NINの作品の中では一番取っ付きやすさもあるし、わかりやすいし、ポップだろう。
彼特有のノイズのちりばめ方であったり、音の重ね方であったりはさすがの一言。
かつて人に寄っては聞くに堪えないような音楽を作っていたとは思えないほどである。
しかし、このアルバムには芯というか、何か足りないような感じはしてしまうのである。
かっこいいのはたしか。
そんじょそこらのなんちゃってとは比べ物にならないクオリティの高さはもちろんある。
でも、なんか違うのである。
底には、やはり音楽が目的なのか、音楽は手段なのか(もっとも音楽は表現する手段でしかないのはたしかだけど)という違いはあるかもしれない。
音楽でどう表現するかよりも、音楽を通してどう表現するか、というかな、うまい言葉がみつからないんだけど。
要するに動機が違うのであろう。
それはそれで悪い事ではないし、一度どん底に落ちている人間である為、もはやそのようになる事が自然でしかないとも言える。
でも、ファンとしては一抹も寂しさも拭えない思いはあるけどね。
とはいえ、このアルバムの年にNine Inch Nailsはツアーで来日を果たす。
オールスタンディング以外の会場ではやらない、という強い要望により、なんとStudio Coast3蓮ちゃんというスケジュール(中一日は追加)。
私は当時就活生でしたが、全日程行きました。
3日ともセットが違って、とにかくかっこ良かった。
最高の体験の一つである。
自分の中で、NINは特別であると、つくづく思ったのであった。